東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1759号 判決 1970年2月10日
被控訴人 栃木相互銀行
理由
一、控訴人が和光建鉄宛に本件手形二通を振出したこと、被控訴人が右手形を満期に支払場所に呈示したが支払を拒絶されたこと及び被控訴人が右手形を所持しているがそれには控訴人主張の裏書の連続があることはいずれも当事者間に争いがない。
二、よつて、以下控訴人主張の抗弁について判断する。
(一) まず、本件手形についてなされた富士工業の被控訴人への裏書が、第二手形は公然の取立委任裏書であり、第一手形は隠れたる取立委任裏書であるとの点について検討するに、該事実を肯認すべき証拠はない。却つて、《証拠》を総合すれば、富士工業と被控訴人宇都宮西支店とは予てより当座勘定契約を締結し、当座預金口座を設け、また、証書貸付、手形貸付、手形割引、当座貸越等に関する継続的取引契約を締結し、これに基づき取引をしていたものであるところ、被控訴人宇都宮西支店は富士工業の申出により、昭和四〇年八月二三日富士工業に対し本件第一手形を担保に返済期を同年一一月一五日と定めて金五〇〇万円を貸渡し、さらに、同年九月二二日、第二手形ほか数通の手形を担保に返済期を同月二八日と定めて金五〇〇万円を貸渡したこと、尤も右九月二二日の貸金は一旦返済されたが、その後の同年一〇月一八日、第二手形ほか数通の手形を担保に返済期を同月二八日と定めて金八〇〇万円を貸渡したこと、本件手形の富士工業の裏書はいずれも右手形貸付の際なされたものであつて、富士工業代表取締役阿久津勝三郎は貸金担保の趣旨で右裏書の上これを被控訴人に譲渡したものである事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。尤も、前掲《証拠》によれば、第二手形の富士工業の裏書中、被裏書人欄に活字体で顕出された被控訴人の商号の上部に同様活字体で「取立委任候に付」なる文言が顕出されているのを抹消した形跡が認められるけれども、右《証拠》を総合すれば、被控訴人の事務処理分担として手形貸付において、貸金の支払が得られないときは、担保手形を貸付係から経理部為替課に廻付し、為替課係員が該手形の取立手続をとることになつていたが、本件第二手形については、偶々、貸付係から為替課に廻付されることなく宇都宮西支店長代理秋元一夫が直接為替課員の林秀直に手形取立手続を指示したため、林は、該手形が貸付係から廻付されたものでなかつたことよりそれが取立委任を受けた手形であると即断し、別段帳簿等について確めることもなく、漫然富士工業の被裏書人欄に「取立委任候に付」「株式会社栃木相互銀行」なる文字を顕出した上株式会社日本勧業銀行に取立委任裏書あるものとして郵送し、手形交換に持出さしめたが不渡となつて返還された後、貸付係において事後処理の段階で富士工業の裏書が取立委任裏書となつていることに気付き、結局為替課係員において阿久津勝三郎を呼寄せて前記「取立委任候に付」の文字を抹消しこれに捺印せしめたものである事実が認められるので、富士工業の裏書中の、抹消された「取立委任候に付」なる文字は富士工業の裏書が取立委任裏書であることを肯定させる資料となるものでない。
しからば、控訴人のこの点に関する抗弁は排斥を免れない。
二、次に、被控訴人が本件手形の悪意の取得者であるとの点について検討するに、本件手形が、控訴人主張のように、金融を得るために振出され、割引斡旋依頼のために和光建鉄から富士工業へ裏書されたものであるかどうかは暫く措き、少くとも被控訴人が右の事実を知つて本件手形を取得した事実を肯認せしめる的確な証拠はない。却つて、《証拠》を総合すれば、富士工業は、主として官公庁の建設工事の請負業を営む、栃木県内有数の建設業者で、昭和三九年頃から被控訴人との間の手形割引、手形貸付等の一回の取引額も一〇〇万円台のものがあり、昭和四〇年九月一四日には単名手形で五〇〇万円の貸付を受けている事実もあること、控訴人は当時我国でも著名な建設業者間組の社長の女婿で、建設部長の職にあり次期社長の呼声さえあると被控訴人側に伝えられていたこと、第一手形を担保に手形貸付がなされた際、阿久津勝三郎は被控訴人関係者に、同手形は和光建鉄から下請工事の代金支払のために譲渡を受けたものであると告げたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。なお、原審証人井上辰男の証言中には、本件手形の支払場所である訴外株式会社静岡相互銀行東京支店では、昭和四〇年八月下旬か九月上旬頃、被控訴人から、控訴人振出手形の信用状況につき電話で照会を受けたが、その際、金額二〇〇万円位の手形が決済されたことはあるが五〇〇万円ではとても無理と思う旨回答したとの供述部分があるが、右のうちの五〇〇万円ではとても無理と思う旨の回答内容部分に関する供述は、《証拠》に対比してにわかに採用できない。
しからば、控訴人のこの点に関する抗弁もまた採用できない。
三、以上のように、控訴人の抗弁は、本件手形が控訴人により金融を得るために振出され、割引斡旋依頼のために富士工業へ裏書されたものであるかどうかを詮索するまでもなくいずれも採用できないことが明らかであるから、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金合計一、〇〇〇万円及びこれに対する満期後の手形法所定の年六分の割合による利息を支払う義務がある。
されば、被控訴人の本訴請求は正当として認容されるべきで、これと同旨の原判決は相当である。